定着ノウハウ

〈外国人定着の工夫〉失敗例から学ぶ ②:外国人材たちの孤立

会社が適切な外国人雇用を目指していても実際にはすれ違いやまさつが生じる場合があります。「失敗例から学ぶ」シリーズでは、外国人雇用の失敗例を取り上げ、その原因を探ります。今回は、外国人材たちとの決定的なコミュニケーション不足が根底にあったため、さまざまなトラブルの解決がこじれた事例を紹介します。

※記事中の画像はすべてイメージ画像です。

「指示伝達役」の実習生が機能不全

そこは従業員50人ぐらいの溶接工場で、2017年からベトナム人の技能実習生(男性)を毎年3人ずつ雇用していました。1期生3人は日本語力も高く、順調に3年間をまっとうしました。しかし、1期生がいなくなり2期生が最上級生になったころから問題が生じ始めました。

それまでは、1期生たちに仕事の指示を伝えると、彼らが2期生や3期生に仕事内容を伝えて指導もしてくれました。しかし、1期生が抜けると、後輩たちの日本語力が1期生よりも低く、一人一人に直接仕事の指示を伝えてもなかなか理解してもらえません。そこで、指導担当者の日本人は2期生の中で一番日本語ができる実習生を「指示伝達役」に“任命”しました。そして、彼にだけ仕事の指示を伝え、彼から他の実習生全員に指示を伝達してもらうというやり方を導入したのです。

しかし、伝達役になった実習生は、日本語は他の実習生よりもできるのですが、人望がなく、他の実習生たちから反発を受けてしまいます。まわりより年齢が若いということもありましたが、もう一つは言い方がえらそうだということで、周りからその役割を受け入れてもらえなかったのです。

他の実習生たちは彼から会社の指示を伝え聞いても十分に従わず、しばしば指示とは違う作業をするようになりました。すると、指導担当者は彼に「私の指示をきちんと伝えたのか」と詰問するようになりました。

伝達役の実習生は1期生たちに比べるとそれほど日本語ができたわけではありません。ですから、もともとこの役割に負担を感じていたうえ、周りの実習生たちの反発も受け、日本人の上司からもしかられ、この役割が嫌になりました。

こうして問題がこじれていき、組合(監理団体)が入って調整を試みましたが、なかなか解決しませんでした。伝達係の実習生は「このような役割をやらされるのなら、その役割に対して手当をつけてほしい」と要求するようになりました。

実はこの要求には一理あります。彼が求められた役割はいわば通訳の一種ですが、実習生の仕事に通訳は含まれないからです。通常の仕事の中で先輩が後輩のために通訳をすることはありますが、特定の人材にその役割を集中させるのであれば、「手当をくれ」という要求も決して不当とは言えません。

一方、会社側は「他の実習生たちの日本語力が低すぎることが原因なので、もし手当を欲しいというのであれば、実習生たちがおカネを出し合って払えばよい」と返答します。もちろん、実習生たちから費用を徴収して伝達役実習生の手当に充当することなどできません。

両者の歩み寄りは見られず、組合としては実習生たちに「もっと日本語を勉強するように」と促すぐらいしかできませんでした。

日本語学習をめぐって対立が泥沼化

「もっと勉強をしてほしい」というリクエストに実習生たちは反発し、こう答えます。

「仕事が忙しいので、日本語を勉強する余裕がありません」

これが本当かどうかは分かりません。というのは、日本に来るまでにある程度の日本語レベルに達していない外国人材は来日までに日本語学習のくせがついておらず、働き始めて体力も時間も制限される状況で学習にまじめに取り組む例は非常に少ないからです。

しかし、組合が実習生たちの言い分を会社に伝えたところ、会社はある歩み寄りをしてきました。実習生たちの通勤のためにマイクロバスの運用を始めたのです。実習生たちはそれまで実習生寮から会社まで片道約30分かけて自転車で通勤していました。会社はこれを機会に通勤事情を改善し、実習生たちに勉強時間も提供しようと考えたようです。

会社はマイクロバスを購入し、社長の妻や役員が大型免許を取得。マイクロバスで実習生の送迎を始めましたが、実習生たちはその後も日本語をあまり勉強しませんでした。日本語能力試験(JLPT)の受験すらしない実習生もおり、バス送迎の効果はほとんど出なかったのです。

このため、会社と実習生との溝は一層深まっていきます。会社は「送迎バス利用はJLPT・N4合格者以上に限定」という方針を打ち出し、実習生たちの奮起を促しますが、これも空振り。実習生たちは「私たちは自転車通勤で構いません。そのかわり、日本語は勉強しません」と応じる結果で、送迎バス利用は1人だけと言う時期もありました。

相次ぐ転出者、さらには失踪も

会社と実習生たちの関係が悪化したため、実習生たちは技能実習1号・2号の計3年間が終わると、他社にどんどん転出していきました。1号・2号を修了しても、制度上は技能実習3号を利用して会社に残ってさらに2年間働くことができます。特定技能外国人になって同じ会社で働くと言う選択肢もあります。しかし、同社の実習生たちの多くは3年経過後は、帰国するか他社に移りました。さらに、技能実習の途中で失踪してしまう実習生も1人出てしまいました。

同社の給料は同じ地域や業界の相場を上回っており、給料について実習生たちの不満はありませんでした。しかも、寮の近くに安いスーパーや病院もあり、生活も便利でした。それなのに、4年目以降も定着する実習生がわずかしかいなかったのは、会社と実習生たちとのあいだの溝が深かったからです。

規則違反への対処をめぐって転出

そんなとき、さらに新しい問題が起こります。技能実習生や特定技能外国人は自分たちの部屋に友だちを呼んで宴会をすることがよくあります。ある日、同社の実習生が他社の実習生たちを寮に呼んで宴会を行ったところ、朝になって客の実習生1人が死亡していたのです。

このころ、新型コロナの感染拡大が続いており、会社は従業員に宴会や無用の外出を禁じていました。その規則を破って部屋で宴会をした結果のできごとでしたが、この実習生は「死人が出た部屋に住み続けるのは怖い。転居させてほしい」とお願いしました。会社側は「規則を破って宴会をしたあなたに原因があるのに、会社が転居費用を負担するにはおかしい。部屋を移りたいのなら、転居関連費用を自分で負担すべきだ」と言い渡します。

規則違反は明らかで、会社の言い分はもっともです。交流禁止の指示を守っている実習生も多い中、それに違反して起きたトラブルの解決費用を会社が負担すると、他の実習生に示しがつかないという側面もあります。

ただ、外国人材とのもめごとが理屈だけで解決しないこともまた常です。組合は間に入って何とか妥協点を見つけようとしましたが、互いに譲らず、その実習生は結局、同社での実習を途中でやめて他社に転籍してしまいました。

思い起こせば…

転籍先では高評価

この実習生は他社に転籍して残り1年半の技能実習期間をまっとうし、その会社で3号技能実習に進みました。同社ではこの実習生の評価は高く、職人と一緒に休憩時間に歓談するなど日本人社員とたくさん交流して居心地良く過ごしたそうです。

思い起こせば…

伝達係の機能不全や日本語学習をめぐる会社と実習生との対立、規則違反への対処のこじれなどの背景に何があったのか? 組合は社内のコミュニケーション不足から来る実習生たちの心の離反が根底にあると見ています。

実は、組合の担当者は最初の3人の実習生が配属されたときから外国人材と日本人たちとの断絶の問題を感じていました。1期生の技能実習生3人は最初に赴任したとき、母国で苦労して勉強して覚えた片言の日本語で一生懸命にあいさつをしました。ところが、それを迎える日本人社員たちの多くが笑いをこらえながら聞いていたのです。組合の担当者は「失礼な人たちだ」と残念に感じたことを覚えています。

逆の立場を想像すれば容易にわかりますが、初めての外国語を毎日朝から晩まで数カ月間猛勉強し、片言でも話せるようになるのは大変なことです。お互いのコミュニケーションのために外国人たちがその努力を一方的に負担し、日本語を勉強して訪日してくれた。そのことに対する感謝の気持ちがあれば、もっと違った受け入れ方になっていたことでしょう。

この会社の日本人従業員たちは、皆で外国人材を受け入れるという気持ちの準備ができていなかったのです。

コミュニケーション不足

母国を離れて遠く日本に働きに来る実習生たちの事情外国(日本)で暮らし働くことの苦労や不安▽日本語を学ぶことの大変さ▽外国人材が働いてくれることで会社がいかに助かるか――外国人材を受け入れる前に社長も従業員もこうしたことを学び、受け入れの態勢や心構えを皆で整えていれば、同社の技能実習はもっとうまくいったことでしょう。

社長は最初の3年間、実習生たちを富士山に連れて行ったりときどき食事に連れていったりしていましたが、やがて新型コロナの感染拡大でそれができなくなります。すると、現場全体での受け入れが焦点になりますが、現場では外国人材を理解し歩み寄ろうという姿勢が弱く、外国人材とのコミュニケーションがほとんどありませんでした。

現場で外国人材と話をするのは指導担当者ぐらいで、職人と実習生が歓談するなどのコミュニケーションが決定的に不足していました。このため、職員と実習生が休みの日に一緒に外出するといった交流模様も見られませんでした。

そのうえ、実習生の日本語力に問題ありと判断すると、指導担当者からの指示を受けるのも1人の実習生に絞るという手段に訴え、社内の日本人と外国人材とのコミュニケーションのパイプはますます細くなってしまいました。

学びと考察

単なる労働力の頭数ではなく人として受け入れる

コミュニケーションのない会社に実習生の忠誠心や帰属意識が育まれるはずはありません。また、仕事の指示を聞く以外に日本語を使う場面や喜びがないのに、ただ日本語を勉強しろと言われても、なかなか従う気になりません。

外国人材は単なる労働の頭数ではありません。何らかの理由があって遠い日本に働きに来てくれた一人一人の人間です。その人たちの背景事情や苦労、気持ち、将来設計に関心を持つことなく、ただ頭数として扱うのなら、彼らが会社に愛着を持つことはありません。そのような状況の中でトラブルが起きると、理屈だけでは解決が難しく、問題がこじれるという結果になりがちです。

同じルートで採用した外国人材の日本語力が低下した場合

また、同社では1期生の日本語力は高かったものの、後輩たちの日本語力が低かったとのこと。同じ送出機関を使っても、その機関の生徒募集力や教育力が低下すると、人材の質も変わります。

ベトナムだと2025年現在、日本に行きたいベトナム人が以前と比べて激減したため、送出機関が募集段階で生徒を選んで絞ることが難しくなっています。また、勤勉な人材が韓国や台湾、欧州に流れ、日本に来る人材の全体レベルが低下しています。

他方、ベトナムに代わって日本への送り出しが急増したインドネシアでも、当初は日本語力の高い人材が多数でしたが、次第に送出機関ごとの格差が生じています。日本からの求人が増え、インドネシアの送出機関も増えましたが、日本に行きたい人や良い日本語教師も同じ勢いで増えたわけではありません。このため、送出機関の生徒募集力と教育力によって、送り出す生徒の質に大きな格差が生じているのです。

また、国ごとの事情だけでなく、同じ送出機関の中でも主力教師がやめて教育力が落ちるといったできごとは日常茶飯です。経営者の方針が変わって人材募集や教育のレベルが落ちることもよくあります。

人材の質が落ちたと思ったら、ルートを変えることも大事です。

-定着ノウハウ

error: Content is protected !!