事例インタビュー

〈インタビュー〉ベトナム人社員への接し方-現地法人社長・能塚洋一さん

日本人1人でベトナム人約70人を率いてビル管理会社「サンレッドリバー」をハノイで経営している能塚洋一社長。「社員がやめない会社」と評判になるほどの社員定着実績を上げてきた秘訣は何なのか、インタビューしました。ベトナムでの25年以上の経営経験をもとに、東南アジア進出企業のみならず日本でベトナム人を雇用する企業の方々にも役立つ貴重な情報を提供して頂きました。

◆このページの内容

従業員がやめない会社

勤続20年以上が9割、ベトナムで異例

当社はハノイ中心部にSun Red River Buildingという15階建てビルを所有し、アパート(高級マンション)とオフィスを賃貸しています。社員約70人(事務、エンジニア、受付、ハウスキーパー、清掃員、警備員など)のうち日本人は私だけで、ほかはベトナム人です。

社員の約7割が、ビルがオープンした1999年からずっと勤務しています。勤続20年以上だと全体の約9割。ベトナムでは異例で、「従業員がやめない会社」と評判をいただいています。当社は給料が飛び抜けて高いというわけではありませんが、私は社員が居心地よく働けるように心がけています。それには、まずベトナム人社員たちのマインドを理解することが大切です。

悪気なし-何度も何度も根気よく指導を

「今日は疲れたので、早く帰っていいですか?」

最初のころは、社員たちの「えっ!」と思う発言・行動に頻繁に出くわしました。例えば、事務職の社員がお昼ごろ、「午前中忙しかったので疲れました。今日はもう帰ってもいいですか?」と私に聞いてきました。「体調が悪いから」などとうそを言えないのは好ましいのですが、「疲れたから帰りたい」と言われると、日本社会になじんだ者としては驚いてしまいます。

当初は戸惑いましたが、そのようなことが繰り返しあったので、やがて「本当に疲れてがまんできないんだったら、帰ってもいいよ」と答えることにしました。会社が忙しいときは、「今日は会社も忙しいから、あと2時間ぐらいがんばれませんか?」と折衷案を出すようにしました。

彼らにとって「疲れたから早く帰る」ということは非常識ではないのです。ですから、こちらが不機嫌な顔や口調で指導しても、「なんで怒っているんだろう?」と不思議がられますし、相手の感情を害するだけなので、意味がありません。不快感を表情や声に出さずさらっと指導することができれば、良い結果につながります。

ベトナムと日本とで「常識」の内容が違う

こんなこともありました。アパートのハウスキーパーが日本人入居者の部屋で勝手にシャワーを使って髪を洗ったのを、私が発見しました。当時、ハノイでは湯の出る家がまだ少なかったのです。また、別のハウスキーパーは自宅から持ってきた食材を入居者の部屋の台所で調理して持ち帰っていました。入居者から「台所で調理したようなにおいがする」と通報があったので分かりました。

このようなとき、最初はきつくしかりましたが、彼女たちは「借りただけですよ。だめですか?」という感じの反応で、悪びれた様子がありません。つまり、悪気がないので、怒った表情や口調で指導しても、彼女たちの納得が得られません。それどころか、「偉そうに言う」「怒鳴る」と悪人のレッテルをはられて、職場を回しにくくなります。

「さらっと言う」を永遠に続ける覚悟で指導

「えっと思う行動や発言でも、基本的には悪気はない」「怒鳴ると悪人のレッテルをはられる」。そこに気付いた私は方針を変え、何かあっても、不機嫌を表に出さずにさらっと指導することにしました。

例えば、「お客さんは高い家賃を払って部屋を借りてくれているんです。外国人は部屋を勝手に使われると嫌がるので、シャワーや台所を勝手に使っては駄目です。あなたたちにも嫌なことはあるでしょう?それと同じです」。こんな風に説得するようにしました。

ただし、そうやって指導しても、同じ事を繰り返す場合はあります。そのときも、怒鳴ってはいけません。また同じようにさらっと指導します。これを永遠に続ける覚悟が大事です。ていねいに言い聞かせる指導を2、3回続けて効果がなければ「ベトナム人はだめだ」とあきらめてしまうのか、めげずにいつまでも根気よく指導を続けられるかで差が出るのです。

どうしてものときにだけ一時的に「アメと無視」

怒って指導しても問題は解決しない

ほかにも「えっ!」と思う行動や発言はいろいろありました。例えば、運転手にどこかへ車で送ってもらうと、運転手は私を降ろしてから駐車場などで待機し、こちらの用事が終わって電話をかけると迎えに来ます。その迎えが遅いことが続き、通訳を入れて注意したことがあります。すると、運転手は「お互いいろいろあったけど、これから仲良くやりましょう」と握手を求めてきました。日本では考えられない展開ですが、私は苦笑いしながら握手に応じました。

従業員が問題を起こしたとき、最初は怒ることもありましたが、彼らには怒ってもあまり効果がない(問題が解決しない)ことが分かりました。問題が解決しないと、仕事が回りません。そこで、私は「相手が変わらないのなら自分が変わるしかない」と考えることにしました。

効果がない場合は一時的に「アメと無視」も

ところで、日本人には「アメとムチ」の指導が効果的だと言いますが、ベトナム人にはそれはあまり効果がない場合も多々あります。そんなとき、私は「アメと無視」で対応します。どんなに根気よく指導しても同じことを繰り返す場合、注意するのをいったんやめ、残念そうな表情で黙り込むのです。すると、相手がやっと反省を始める。このようなことが何度かありました。

ベトナム人には、しかられるよりも無視される方がこたえる人が結構います。そこで、一時的にかまうのをやめることが効果的な場合もあります。ただし、相手が反省を見せ始めたら、すぐに声をかけてください。無視を続けるのはハラスメントにあたります。

ベトナム人はイベントが大事-テト・誕生日

当社の誕生日会
当社の誕生日会

旧正月(テト)への対応で社員の受け止めは変わる

ベトナム人は新暦の正月より旧暦の正月(テト)を重視します。このため、彼らは12月末と1月初めはあまり休まず、テトをはさんで長期休暇(テト休暇)を取ります。そのテト休暇を数日後に控えたある日、社員が「明日休んでいいですか?」と聞いてきました。理由を聞くと、「テト前で家の用事が忙しい」とのこと。

「もうすぐテト休暇があるじゃないか」と言いたくなるところですが、彼らの間ではテトの準備のために仕事を休むことは許容される文化があります。そこで、私は100%は断らず、「半日だけなら休んでもいいですよ。会社も忙しいからね」などと折衷案を出すようにしています。このような文化理解も当社の社員定着率につながっていると思います。

日本でベトナム人を雇用している会社はテトに何をすれば?

私が日本でベトナム人を雇うとすれば、テトの数日前に菓子の詰め合わせかクオカード(ポチ袋に入れて)を渡します。あるいは、食事に連れて行ってあげるのもいいと思います。安い焼肉とかそんなのでいいんです。「テト前だから」と言えば、「この人は私たちを理解してくれているんだな」と喜んでくれます。「気にかけている」ということが相手に伝わることが大事です。

ベトナム人は誕生日も重視する

ベトナムでは社員の誕生日にお祝いをする会社もたくさんあります。当社は毎月、その月に生まれた社員を勤務時間中に会議室に集め、幹部連中も交えて十数人で懇親会をします。菓子や果物をたくさん用意し、一人一人に花束を渡します。昔、社員が少なかったときは、一人一人にプレゼントも渡していました。

誕生日には、人から祝ってもらうだけでなく、自分が菓子や果物を持ってきて職場で振る舞う人たちもいます。自分の誕生日に部下十数人を食事に連れて行ってごちそうする上司もいます。

また、ベトナム人は自分の誕生日を祝ってもらうのも好きですが、人の誕生日を祝ってあげるのも好きで、私も自分の誕生日に毎年、社員からたくさんの花をいただきます。

日本でベトナム人を雇う場合、社員の誕生日に何を?

もし、私が日本でベトナム人を雇うなら、仕事内容や会社の規模にもよりますが、ベトナム人社員の誕生日にランチに連れて行ったり、花をプレゼントしたりします。ベトナム人女性は花をとても喜びます。社員食堂や会議室に数人で集まって、ケーキやお菓子でお祝いし花をあげるだけでも違うと思います。プレゼントは個人の好みもあるので、私があげるなら、クオカードですね。1000円や2000円分でもいいんです。ケーキとクオカードで十分だと思います。

それも難しければ、せめて「おめでとう」と言ってあげてください。上司や経営者が社員のことを気にかけ、祝う気持ちを伝えるだけでも、少し違います。

「理解されている」「気にかけてもらっている」が伝わることが一番大事です。その一環としてテトや誕生日をきちんと祝うだけで彼らのロイヤルティが変わってくるはずです。

ベトナム人はイベントが大事-宴会・旅行

当社の忘年会の様子

ベトナム人は驚くほどイベントを大事にする

ベトナム人はイベントを大事にします。誕生日もそうですし、社員旅行や遠足、テト前の忘年会は非常に盛り上がります。うちの社員たちはそのような社内イベントに万難を排して参加します。社員旅行に自己負担で家族や恋人を連れてくる人もいます。

ベトナムの多くの会社がテト前に忘年会をしますが、当社は社外の人も呼んで100人ぐらいでレストランやホテルでやります。皆が着飾り、普段は化粧をしない人も派手な化粧をし、万難を排して忘年会に参加します。忘年会の中でラッキードロー(くじ引き)が一番盛り上がるので、賞品もたくさん用意します。例えば、ユニクロの服や携帯電話、炊飯器、電子レンジなどです。宴会費と賞品で100万円ぐらいかかりますよ(笑)。

日本で働く外国人向けに会社が提供できるイベントは?

最近、日本では忘年会をしない会社が増えていますね。職場全体で忘年会をしないのであれば、外国人従業員と幹部だけでも集まって食事会をしてはどうでしょうか?また、それとは別に誕生日やクリスマスなどに菓子とケーキでお祝いするだけでも喜ばれると思います。

もし、社員旅行をする場合は、自己負担でもいいので家族参加を認めてあげれば喜ぶことでしょう。泊まりがけが難しい場合、日帰りでもいいのです。ベトナム人はお出かけ好きなので、社長や先輩と一緒に旅行に行くことをとても喜びます。特に花がたくさん咲いているところとイルミネーションが大好きです。そして、現地では自撮り写真をたくさん撮ります。とても喜んで盛んに写真を撮る姿を見ていると、こちらもうれしくなります。

食事をふるまったときの文化の違い

イメージ写真

食事に招待されたとき、日本人は無理してでも全部食べますが、ベトナム人はあえて少し残す場合があります。これは、全部食べると「まだ少しお腹が減っています」というサインになるからです。ですから、彼らが食事を少し残しても、気を悪くしてはいけません。多めに頼んで少し残すのが彼らの文化なのです。

それから、食事をごちそうになった場合、日本人なら、後でお礼のメールを送ったり、翌日職場で改めてお礼を言ったりします。しかし、ベトナムでは、食事の場でお礼を言うだけで終わりです。それは、ベトナム人は、食事会がひけてからもお礼を繰り返すと、「また誘ってください」とおねだりしているように思われるのではないかと考えるからです。食事に連れて行った翌日にお礼を言わないからといって、礼儀知らずだと思ってはいけません。

ベトナム人はおしゃべりが大好き

ベトナム人には関西人的なところがあって、話が長い人や話し好きの人が多いです。相手が話し終わらないうちにかぶせて話します。忘年会で乾杯の音頭を募集したら、一般社員も遠慮せずに手をあげます。一度、駐車場係の人に音頭をお願いしたら、堂々とした話しぶりで、感心しました。

バスで社員旅行に行くと、車内は本当ににぎやかです。職場でも、大部屋の中で2、3人で大声で打合せを始め、うるさいときがあります。しかし、ここでいらついてはいけません。怒って注意しても「この人はなんで怒っているの?」と不思議がられるだけです。ですから、穏やかにさらっと注意して静かにしてもらいます。後日、同じことが繰り返されても、引き続きさらっと注意します。それを根気よく続けていくと、個人差はあれど、段々と分かってくれます。

うるさくするなと言っても、1回、2回では理解されず、また繰り返します。日本人から見たらうるさい会話も本人たちにとっては普通の会話だからです。永遠に注意するつもりで根気よく指導を続ける。これが大事です。

採用・使用の際に気をつけること

歩く文化がなく、日本人より疲れやすい

採用面接の際は、履歴書の記述や面接での表面的な受け答えを額面通り受け止めず、具体的に掘り下げてください。例えば、英会話について言うと、日本人なら、相当できる人でないと「英語ができる」とは言いませんが、ベトナム人の場合、初歩的な会話しかできなくても「英語ができます」と言い切ることがよくあります。とりあえず売り込んでおこうという感じで、悪気はないのです。私の場合、態度や誠実に答えているかどうか、時間通りに来たかどうかなどをまず見ます。

あと、日本人に比べると体力がない人が多いので、気を遣ってあげてください。ベトナムに限らず東南アジアの多くで、日本人に比べると「すぐ疲れる」「すぐ休む」「すぐ座りたがる」という傾向があります。

ベトナムでは、警備員がいすに座っている場合が多いですし、スーパーのレジ担当もいすに座っている場合があります。飲食店の厨房でも、いすに座って調理する人がいます。彼らは「立ってやっても座ってやっても結果は同じ」だと考えていますし、体力も足りないからです。

今のベトナムはバイク社会で、あまり歩きません。誘拐対策もあって小学校へは親がバイクで送迎しますし、体育の授業も軽い内容です。300㍍ぐらいしか離れていない場所に行くにもバイクに乗ります。1階か2階だけ移動する際に階段が目の前にあってもエレベーターを使います。

技能実習生や特定技能外国人の場合、工場で立ちっぱなしの仕事に最初は疲れます。ベトナムの日系企業の工場でもそうです。外国企業に長く勤めて鍛えられると変わってくるのですが、最初はかなり疲れますし不満に感じます。そこで、経営者としては、立って仕事をしなければならない理由をていねいに教え、休憩も最初は少しひんぱんに入れてあげると良いのではないでしょうか。

「できない」「分からない」を言えるように教育を

「できる」と答えたのにできないことがあっても、最初は多めに見てあげてください。ベトナム人には「できない」「知らない」「わからない」をはっきり言わない傾向があります。このため、こちらが何かを聞くと、本当は知らなくても何かを答えます。

例えば、ベトナムで街路樹の根元付近が白く塗られている場合があります。私はその理由が分からず、何人かのベトナム人に聞きました。答えは「虫除け」「政府所有の目印」「反射板の代わり」など人それぞれですが、「多分」とか「~と思います」という留保は一切なく、だれもが自信たっぷりに答えます。このため、どれが正解かいまだに分かりません(笑)。また、道を聞かれた場合も、知らなくても何かを教えます。

これは知ったかぶりではなく、お役に立ちたいという親切心があるからです。道を聞かれて「知らない」と答えると「冷たい」と思われるのではないかと考え、「こっちかなあ」というレベルでも「こっちです」と自信ありげに答えます。教えられた方は結果的に迷惑を受ける場合もありますが、教えた人に悪気はないのです。

また、「できない」「知らない」「わからない」と答えることを恥だと思う気持ちもあります。このため、仕事の指示をして「わかりました」「できます」と安請け合いし、実際にはできないケースがたくさんあります。修理を頼んで「できます」と即答し、実際にはできなかった場合、「最新のタイプだから修理できなかった」などと平然と言います。

うちのサービスアパートの入居者がハウスキーパーやレセプション係に日本の調味料やシャンプーを見せ、「これはどこかで手に入りませんか?」と相談する場合があります。彼らは「大丈夫です」と快諾して品物を探すのですが、見つからず、代わりにベトナム製のシャンプーを買ってくる。このようなこともよくあります。

社員がとりあえず「できます」と答え、できなかった場合はその理由をたくさん言います。しかし、「できない」「知らない」「わからない」をきちんと言ってもらうことは、仕事を回していく上で重要です。この点も、1回や2回の指導であきらめず、根気よく教え続けなければなりません。

能塚洋一(のうづか・よういち)

福岡県出身。大学卒業後、仏壇販売大手「はせがわ」に入社し3店で店長を経験。百数十店の中でナンバーワン店長に選ばれた実績などが評価され、同社がベトナムで初めて展開する不動産事業の統括責任者に。1996年からハノイに住んでビル建設を進め、99年のビル完成後はビル管理会社の経営を任され、現在に至る(現在の親会社は「やずや」)。2020年からは福岡市のホテル2棟を運営する「ワイ・エム天神」の社長も兼務し、福岡とハノイの2拠点で活動

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