定着ノウハウ

失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因:①

技能実習生の失踪が後を絶ちません。失踪は多くの場合、雇用する側に主な原因があります。それでは、実際にどのようなケースで失踪が起きたのか、原因は何だったのか、5つの実例を2本の記事に分けて紹介します。これらはすべて失踪経験者に対面で直接取材した事案です。失踪した技能実習生から見た職場の問題点を知ることで、実習生に限らず外国人材全般を雇う会社が自社からの失踪や早期離職を防ぎ、安定した外国人雇用を実現していくためのヒントにしてください。

※上の写真=筆者のインタビューに応じる失踪経験者、ハインさん

◆このページの内容

〈実例1〉職場暴力と会社・組合の不適切な対応で失踪

〈実例2〉相場とかけ離れた低賃金と安全管理への不満から失踪

「失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因:②」の内容
〈実例3〉日本人が楽な仕事、外国人がきつい仕事
〈実例4〉社長の暴力と短気で失踪者続出
〈実例5〉実習以外の業務・残業代不払い・暴言で失踪
まとめ

〈実例1〉職場暴力と会社・組合の不適切な対応で失踪

事案の概要

建築の技能実習を始めたベトナム人男性・ハインさん(仮名)は職場で毎日のように暴力・暴言を受け、監理団体に相談しました。しかし、適切な対応をしてもらえなかったため、「だれも助けてくれない」と絶望して失踪し、大阪や愛知などで不法就労を繰り返しました。

鉄筋で日常的に暴力

ハインさんは「日本語を勉強しながらお金も稼ぎたい」と思って技能実習を目指し、沖縄県の建築会社で「鉄筋施工」の技能実習を始めました。

しかし、働き始めてほどなく、職場での暴力が始まりました。ハインさんが仕事の手順を間違えると、日本人従業員がハインさんの頭を鉄筋でたたくのです。重い鉄筋でたたかれると、ヘルメットごしでも大きな衝撃がありました。また、そのような仕打ちを受けることは屈辱でした。

ハインさんたちの主な仕事は鉄筋を運ぶことで、中には長さ6㍍の重い鉄筋もありました。猛暑の中で鉄筋を運び続けるのは重労働で、疲れのため動きが遅くなっていきます。

また、図面を見て必要な鉄筋を必要な場所に運ぶのですが、外国人の慣れない労働者が日本語の図面を読むのは難しいですし、周りの人たちの説明が聞き取れないこともありました。このため、ハインさんは鉄筋を運ぶ先をときどき間違えてしまいました。

そんなとき、ハインさんは若い日本人従業員から「バカ!」と怒鳴られ鉄筋でヘルメットをたたかれました。胸ぐらをつかんで脅されたこともあります。たたいたり脅したりするのは主に1人ですが、だれも注意しないどころか、ほかにも3人から鉄筋でたたかれました。ハインさんはその都度、痛みや屈辱に耐えながら、「すいません」と言うしかありませんでした。

金属製工具ですねを強打

ハッカー

ハインさんはその後、さらに重大な暴力を受けます。その日、ハインさんは立ったまま鉄筋をしばる作業をしていました。そのとき、年配の男性から「座れ」と言われたのですが、沖縄の方言を聞き取れず、立ったまま作業を続けていました。

すると、男性はもう一度「座れ」と言うやいなやハッカー(金属製工具)でハインさんのすねを強打したのです。ハインさんは悲鳴をあげ、すねを両手で押さえてうずくまりました。しばらく息もできないほどの激痛で、骨が折れたのではないかと思うほどでした。

「警察に知らせてほしい」との直訴もむなしく……

この行為は犯罪(傷害)です。ハインさんはがまんの限界に達し、昼休みに監理団体のベトナム人通訳にSNSで通報し、「警察に連絡してほしい」と伝えました。

ところが、その夜、ハインさんの寮にやって来たのは警察ではなく、監理団体の地元責任者と実習先の社長だけでした。ハインさんは看過できない犯罪被害を受けたのに、監理団体は警察に通報しないばかりか、通訳も連れてきませんでした。ハインさんはその2人から日本語で「今日、何があったのか」と聞かれ、たどたどしい日本語で説明しただけで終わりました。

翌日、社長はハインさんを病院に連れて行ってくれましたが、警察には通報してもらえず、会社から謝罪や補償もありませんでした。

犯罪被害にあって直訴しても監理団体と会社がこのような対応だったので、ハインさんが鉄筋で頭をたたかれるいじめはその後も続き、彼は仕事が終わってから泣くこともありました。

ハインさんは「このような暴力に3年間も耐えられない。しかも、だれも助けてくれない」と思い、失踪を決意しました。

そこで、不法な仕事も紹介するベトナム語のFacebookページに「仕事がほしい」と投稿し、返信をくれた関西の男と連絡を取り合って、失踪しました。ハインさんが実習を始めてから約4カ月後のことでした。

ハインさんはその後、各地で解体や建築などの仕事を転々としました。愛知県の自動車部品検査工場では約1年間働いて手取り21万円の給料をもらい、ベトナムの実家にたくさん送金しました。しかし、この会社にハインさんを紹介した不法就労あっせんグループが警察に摘発されたため仕事を失い、その後は良いアルバイトが見つからず、最後は入管に出頭して自費で帰国しました。

問われる会社と監理団体の責任

「暴力・暴言」は技能実習生の主な失踪原因の一つです。特に、建築現場での日本人従業員による技能実習生等への暴力・暴言は大きな問題になっており、技能実習候補者の間で建築が不人気になってしまった最大の原因です。

対策としては、現場に適切な管理者を置き、外国人を含むすべての従業員が安全に安心して働き、公平に処遇されることが大切です。外国人の建築労働者を安定的に雇いたい場合、労務管理に関する現場責任者(管理者)の力量は特に重要になっています。

最近は外国人同士の情報交換が盛んで、暴力・暴言などが原因で失踪者や離職者を出した場合、新たな外国人を雇おうとしても、その情報が外国人コミュニティの間で拡散し、新しい応募者を集めることが困難になるケースがあります。安心・安全な職場環境の整備は外国人材を今後安定的に確保していくために必須条件と言えます。

また、当然のことながら、職場で不法行為が行われた場合は適正な対処が必要です。このケースでは、従業員が金属製工具で同僚のすねを強打するという犯罪行為が行われながら、監理団体や会社は警察に通報しませんでした。再発防止措置や実習生への謝罪・補償も行っていません。そして、鉄筋で頭をたたくという暴行がその後も続きました。

確かに失踪は法律違反です。しかし、重労働に加えて日常的に暴力を受け、だれも自分を守ってくれないという状況の中で長く働き続けてくれるのを期待することには無理があります。このケースでは、失踪を招いた責任は、暴力・暴言の行為者はもちろん、それを放置した会社と監理団体にもあると言えます(ちなみに、監理団体は超大手でした)。

優秀な人材を失踪させた損失も

ところで、ハインさんは愛知県の会社でアルバイト(不法就労)をした1年間、生活が安定したことや日本人の同僚が仲良くしてくれたことから、日本語学習に一生懸命に取り組みました。

ベトナム人6人、日本人約30人の職場で、毎週のように日本人・ベトナム人を含む多人数で飲みに行き、ボーリングにも行きました。ハインさんは日本人との交流と毎晩の自習で日本語力を高め、その1年間で日本語能力試験(JLPT)N3に合格しました。

技能実習を3年間続けてもN3を取得する実習生は多くありません。ハインさんのような人材が長く技能実習を続けたり、特定技能外国人として職場に残ったりしてくれれば、後輩の技能実習生や特定技能外国人を引っ張るリーダー人材になった可能性があります。このような人材を育成できず、逆に失踪させてしまったことは、職場として大きな損失だったとも言えるでしょう。

〈実例2〉相場とかけ離れた低賃金と安全管理への不満から失踪

外国人材はSNSで給料に関する情報交換もします(イメージ図)

事案の概要

とびの技能実習をしていたベトナム人男性・ミンさん(仮名)は次の3つの理由から失踪しました。

  • 手取り給料が相場よりかなり低かった。
  • 長時間移動への手当てが一切なかった。
  • 現場の安全管理に問題があった。

相場とかけ離れた低賃金と長時間移動

ミンさんはベトナムの短大を卒業後、ホーチミンの二つの会社で仕事をしました。しかし、日本でもっとお金を稼いで両親を楽にしたいと思い、技能実習に応募しました。とび職は気が進みませんでしたが、ほかの職種の面接に何度か落ち、仕方なくとびの技能実習生として来日しました。

ミンさんが来日前にベトナムの送出機関に支払った費用は全部で約87万円(当時のレート)で、両親が銀行から借りて工面しました。

ミンさんは埼玉県の建築会社で送出機関の同級生2人と一緒に技能実習を始めました。毎朝、自転車で会社に行き、会社から日本人の先輩が運転する車で現場に行きました。

しかし、給料から税金や社会保険料、寮費、水道・光熱費などを引いた手取り給料が少なく、どんなに節約しても毎月6~7万円分しか貯金(送金)できませんでした。

技能実習生は送出機関の同級生など様々な友人・知人とSNSで情報交換をしながら実習生活を送ります。その際、給料に関する情報も交換します。このため、ミンさんは自分たちの手取り給料が首都圏の建築・技能実習生の中で飛び抜けて低いことを知りました。

また、ミンさんたちには支給されていないのに、他社の建築・技能実習生が会社と現場を往復する長時間移動に対して手当てを支給されていることも分かりました。

ミンさんたちも会社から現場に往復1~4時間かけて移動していましたが、その時間に対して手当ては一切ありませんでした。1~2時間であれば、首都圏に住む人たちの通常の通勤時間ですが、4時間近い日も多いのに何の手当てもないことにミンさんたちは不満でした。

そこで、他社の実習生の例を引き合いに出し、移動時間に手当てを支払ってくれるよう社長に直訴しましたが、「移動時間は仕事ではないので、手当ては支払えない」という回答でした。ミンさんたちは監理団体(組合)にも相談しましたが、「社長の判断だから仕方がない」と言われるのみでした。

安全管理への不満

ミンさんたちのもう一つの大きな不満は作業現場の安全管理でした。現場で一段高い足場で作業している日本人の先輩が下の足場で作業をしているミンさんたちに金属パイプなどを放り投げ、受け取るように指示するのですが、それが危険だったのです。これについて現場責任者は何の指導もせず、ミンさんたちの不満に拍車をかけました。

このように、給料・手当てと安全管理への両方の不満がつのり、ミンさんと同僚の実習生1人は実習を始めて約半年後、給料日の翌日に黙って寮を去りました。彼らは他県の実習生の寮に約2カ月間住ませてもらった後、約1年半にわたって弁当工場やイチゴ農園で不法就労を重ねましたが、仕事のない期間も多く、失踪したことを後悔しました。

ミンさんはやがて警察の目を避ける窮屈な生活に疲れ、自分で入管に出頭し、自費でベトナムに帰国しました。

まずは給与水準が最重要

技能実習生や特定技能外国人は他社で働く仲間とSNSで連絡を取り合い、手取り給料の額や職場環境などについて情報交換しており、他社の給料・待遇についても豊富な情報を持っています。このため、「自分の手取り給料が相場と比べて少な過ぎる」と感じた場合は大きな不満となり、失踪や早期離職につながりかねません。

彼らにとっては手取り給料の額が最大の関心事なので、会社としてはその相場をリサーチして自社従業員の処遇を勘案する必要があります。

そのためには、給与相場に関する情報収集を日常的に行い適切な助言をできる監理団体や登録支援機関と付き合うことが大切です。

移動時間の取り扱いと「納得」

往復の移動が4時間に及んだこともしばしば(イメージ写真)

建築の技能実習の場合、会社や寮から建築現場への移動時間の取り扱いも技能実習生や特定技能外国人が失踪や転職を考える大きな材料の一つになっています。

移動時間に手当てを支給しなくても違法とは言えませんが、移動時間が極端に長い場合は、「出張手当」など何らかの手当てを支給する事業者もあります。

外国人材の職場定着にとって最も大事なことは「納得」です。給与全体が高ければ、移動時間への手当てがなくても、そう大きな不満にはならないかも知れません。しかし、給料が低い上に、同じような立場の他社の外国人材が受給している手当てもないとなると、不満が生じるのも無理はありません。

技能実習に限らず特定技能や技人国の人材に関しても、給料等に関する業界の情報を集め「相場」を意識して処遇することが、定着にとって不可欠と言えます。また、給料面で相場をやや下回る場合は、寮費を安くする、米などの物品を支給するなど、自社にできる何らかの工夫をすることで外国人材の「納得」を得られる可能性もあります。

安全管理の不備と会社への不信

今回のケースでは、現場での資材の受け渡しに関して危険な作業が日常化していました。本来は現場責任者が気付いてこのような作業を改善する必要があります。

給料・手当て以外にも、安全管理や寮の費用・質、寮からスーパーへの所要時間など、さまざまな事柄が外国人材の「納得」や「満足」に影響を与えます。全部をそろえることができなくても、従業員が総合的に「納得」や「満足」を感じてくれれば、安定的に働いてもらうことができます。

今回紹介した建築現場での安全管理の不備は、実習生たちの目に「この会社には安全管理に関する遵法精神がない。私たちの生命や安全を軽視している」と映り、会社への不満・不信を助長する原因になりました。

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