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失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因:②

技能実習生の失踪は多くの場合、雇用する側に主な原因があります。それでは、実際にどのようなケースで失踪が起きたのか、原因は何だったのか、失踪経験者に記者が直接取材した事例を紹介しています。「失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因:①」で紹介した2例に続き、この記事ではさらに3つの事例を紹介し、外国人材の失踪や離職の原因について考えます。

◆このページの内容

〈実例3〉日本人が楽な仕事、外国人がきつい仕事

〈実例4〉社長の暴力と短気で失踪者続出

〈実例5〉実習以外の業務・残業代不払い・暴言で失踪

まとめ

「失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因:①」の内容
〈実例1〉職場暴力と会社・組合の不適切な対応で失踪
〈実例2〉相場とかけ離れた低賃金と安全管理への不満から失踪

〈実例3〉日本人が楽な仕事、外国人がきつい仕事

日本人と外国人とで仕事内容が不平等

ベトナム人男性のズンさん(仮名)は、事業の倒産で父親が多額の借金を抱えたため、大学進学をあきらめ、家計を助けるために技能実習生になりました。富山県で技能実習を始め、最初は、工場で機械を使って鉄筋を折り曲げ、針金で束ねて運ぶ仕事でした。

事前の説明では、ズンさんたちは1年間はこの作業に従事し、2年目から建築現場で働くことになっていました。しかし、実際には3カ月で神奈川県に転勤させられ屋外労働に切り替えられました。そのとき、内容を説明されずに新しい契約書に署名させられました。ズンさんたちはそれ以降、東京・新宿の超高層ビルの建築現場で働きました。

ここでは、多くの会社から役割の違うチームが集まっていました。ズンさんたちの会社からは毎日10~20人(半分以上がベトナム人)が出向き、鉄筋を組み立てるための準備を担当しました。

しかし、同じチームの若い日本人3人が比較的楽な仕事だけを担当し、実習生たちは主に重労働の鉄筋運びをさせられました。1人で20㎏以上、2人で約50㎏の鉄筋を運ぶこともあり、1日中鉄筋を運ぶと、立ち上がれないほど疲れました。

現場責任者が状況を把握しておらず、仕事の割り振りが不平等だったのです。

相場を大きく下回る給料

さらに、ズンさんが他社の技能実習生たちと情報交換をすると、首都圏の同じような職種の実習生たちに比べて自分たちの手取り給料がかなり低いことが分かりました。

ズンさんは神奈川に転勤して最初の給料日の翌日、同期の1人と一緒に失踪しました。その後、SNSで見つけた農業の仕事に数カ月間従事(不法就労)しましたが、この仕事を斡旋した大阪の会社が警察に摘発されたため、失職しました。

この事案からの学び

手取り給料が同じ地域・職種の相場を大きく下回ると、失踪や早期離職の大きな原因になります。

企業としては、低賃金で働かせて人件費を一時的に節約しても、それが原因で失踪や早期離職をされてしまうと、新たな外国人材を採用したり育成したりするためにコストがかかるので、結局は大きな出費となります。外国人材に良いパフォーマンスで働き定着してもらうには、このことを意識して待遇を考える必要があります。

また、求人票や面接で説明した労働条件と実際の条件が異なると、外国人材の大きな不満になります。このケースでは、1年目の仕事内容が事前の約束と違っており、実習生たちが会社に対して大きな不信感を抱く原因になりました。

それから、複数の監理団体や登録支援機関によると、例えば求人票で月給20万円と書いておきながら、働き始めてみると、20万円は年に1、2回(繁忙期)だけで、普段は14~15万円しかない」というような、手取り給料に関する「約束違反」も失踪や早期離職の大きな原因になっています。

加えて、建築の場合、現場での暴力・暴言や仕事内容の不平等(きつい仕事の負担割合が外国人に偏る)も技能実習生や特定技能外国人の大きな不満要因になります。しかるべき責任者を現場に置いて適切に管理することができない場合、将来にわたって安定的に外国人労働者を確保し続けることは難しいかも知れません。

失踪防止教育のすすめ

ところで、ズンさんは失踪したことを後悔しています。「不法就労は精神的にも疲れた。しかも、農家の仕事は工事現場の仕事と同じぐらいきつかったうえ、夜間や休日の割り増し賃金が支払われなかった。それなのに、不法就労なので、どこにも相談できなかった」と話しています。

悪い仲間やネット上のPRに誘われ、「高い給料がもらえる」と信じて失踪する実習生もいますが、失踪してしまうと雇用が不安定になって失業期間が長くなったり、残業代不払いがあっても不満を訴える先がなかったり、医療保険(健康保険)もなくなったりします。このため、中長期的には元の実習職場より条件が悪く、失踪したことを後悔する人がたくさんいます。

技能実習の入国後講習などの場で、失踪した場合の不利益について教育することも大切です。

〈実例4〉社長の暴力と短気で失踪者続出

事前説明と違って屋外の仕事ばかりでした(イメージ写真)

事案の概要

ベトナム人女性・リーさん(本名)の技能実習先の農家では失踪者が続出しました。彼女は失踪せず3年半働きましたが、転職できることを知って監理団体に相談したところ、「あなたはここでしか働けない」と虚偽の説明をされました。このため、彼女は支援団体のサポートを得て転職しました。

社長の暴力・暴言で失踪者が続出

リーさんは栗やみかん、柿、梨などの苗木を育てる九州の会社で技能実習を始めました。畑で雑草を刈ったり、殺虫剤の散布を手伝ったりする仕事でした。この会社にはビニルハウスが3棟あり、ベトナムでの面接では社長から「ビニルハウスで働く仕事」と説明されたのに、日本に来てみると、実際にはほとんどが屋外での作業でした。

この会社の技能実習生はすべて女性で、最初は先輩5人、同期3人(リーさんを含む)がいました。しかし、先輩のうち3人は後に失踪し、リーさんの1年後に来日した後輩3人のうち1人も約1年で帰国しました

最初に失踪したカンボジア人の先輩は、社長にスコップで頭をたたかれて大きなこぶができ、しばらくして失踪しました。

また、別の先輩が畑で熱中症のような状態になり、「頭がふらふらするので、午後は休ませてください」と社長にお願いしたところ、社長は「それだったら、1カ月間休みなさい」と言いました。1カ月も休むと給料がありません。これは「休みたい」と申し出た先輩に腹を立てた社長の嫌がらせでした。

このようなことがあったので、リーさんたちは体調が悪くても休めず、無理して働くしかありませんでした。その後、ベトナム人の先輩2人も失踪しました。

社長は短気で、すぐに怒鳴りました。リーさんは来日して間もないころ、畑で社長から「スコップを持ってきてください」と言われました。しかし、来日前に「シャベル」という日本語は習いましたが、「スコップ」という言葉は教わらなかったので、すぐに返事ができませんでした。

すると、社長は大声で怒鳴り始めました。そして、仕事の途中だったのに、リーさんは社長が運転する車で事務所に連れて帰られ、「しばらく仕事を休んで日本語を勉強しなさい!」と命じられました。彼女は約2週間仕事をさせてもらえず、寮で1人で日本語の勉強をしました。その間の給料は支払われませんでした。

給料のばらつきも不満の原因

失踪者続出の職場にありながら、リーさんは失踪せずに働き、3年間で約250万円分をベトナムの実家に送りました。

ただし、季節によって仕事量や収入が違いました。冬は残業がたくさんあって、手取り給料が約160,000円の月もありましたが、6~8月は75,000~80,000円しかありませんでした。

「社長の暴力や暴言」「体がつらくても休めない」といった状況に加え、手取り給料が極端に少ない月があったことも、失踪者を多数出した要因の一つと考えられます。

有給休暇も自由に取れず

また、リーさんたちは年末年始とお盆に連休をもらいましたが、自分の好きな日に有給休暇を取れることは教えられていませんでした。会社は雨で畑仕事が出来ない日にリーさんたちに仕事を休ませ、その日を有給休暇扱いにしていました。

有給休暇について外国人従業員たちにきちんと説明せず、会社の都合の良い日に有給休暇を取らせる事例はこの会社以外にもよく聞きます。

しかし、最近は、技能実習生や特定技能外国人の間で有給休暇に関する知識が広まってきたので、有給休暇を適正に与えないような職場では、今後、外国人材の募集や定着が難しくなっていくものと思われます。

NPOの協力とOTITの同意で転職

新しい職場で働くリーさん

リーさんは技能実習の3年間を修了し、新型コロナの特例で引き続きこの会社で働いていましたが、来日して3年半経っても昇給がなかったので、同僚と2人で「他社に転職したいので、組合と相談させてください」と社長に伝えました。

すると、社長は机をたたいて怒り、その日から彼女たちを無視するようになりました。組合に相談させてもらえないので、リーさんたちは自力で転職先を探し、オンラインで一次面接を受けて合格しました。

しかし、二次面接は対面なので、会社を休まなければなりません。会社に「転職の面接を受けたいので、明日、2時間だけ有給を取らせてください」とお願いしましたが、「休みたいなら1週間前に言いなさい」と断られました。

このようなことが3回ぐらい続き、彼女たちはベトナム人を支援するNPOに相談して助言を受け、組合に転職サポートを依頼しました。しかし、組合は「あなたたちのビザ(在留資格)では、他社で働けない。そのNPOの人は悪い人で、あなたたちはだまされている」とうその説明をしたので、それ以降は、NPOが組合や会社と交渉し外国人技能実習機構(OTIT)とも連絡を取り合ってくれました。その後、OTITの許可を得て別の会社に転職しました。

〈実例5〉実習以外の業務・残業代不払い・暴言で失踪

技能実習計画とは無関係のペットショップの仕事をさせられる実習生たち(左がムンさん)

事案の概要

工場で技能実習をしていたムンさん(本名)は途中からペットショップの飼育小屋の掃除や社長の娘(乳児)の子守までさせられるようになりました。それでも耐えて働いていましたが、ある日、社長の暴言で心の糸が切れて失踪しました。

技能実習計画を無視して店番やベビーシッター

ムンさんは長野県の工場で機械加工の技能実習を始めました。しかし、本来の実習作業以外に、この会社が経営するペットショップでも仕事をさせられました。毎日、朝から昼過ぎまで工場で働いた後、彼女を含む3人が車でペットショップに移動し、夜まで鳥や動物へのエサやりや飼育小屋の掃除などをさせられました。土曜日は朝から晩までペットショップ勤務でした。

ムンさんを含む数人はある日、技能実習生の寮からペットショップの近くにある監理団体(組合)の研修センターに移されました。社長は組合の理事長も兼ねており、ムンさんたちを研修センターに住ませ、自分も数カ月語に1歳の娘と2人でここに移ってきました。それ以来、ムンさんたち実習生が社長の食事作りや洗濯、娘のベビーシッターをさせられました。また、毎日、鳥や犬へのエサやりや社長の飼っていたハトの世話もさせられました。

ムンさんは毎晩7時にセンターに帰宅し、11時から赤ちゃん(社長の娘)を遊ばせたり寝かしつけたりし、未明の1時までかかることもありました。休日もペットショップの仕事かベビーシッターをしました。しかし、これらすべての仕事に対し残業代は支給されませんでした。

労基法違反で書類送検

ムンさんが手帳に残していた勤務内容と時間のメモ

長時間の無償労働に加え、ムンさんは社長からよく怒鳴られました。ムンさんはある程度日本語を話せましたが、ムンさんより1年後輩の実習生3人は日本語が分からず、社長の指示を理解できないことがよくありました。社長はそんなときムンさんに「なぜ、こいつらにきちんと仕事を教えないんだ!」と怒鳴りました。また、それ以外にも気に入らないことがあるとよく激高しました。

そのため、男の実習生2人が先に失踪しました。ムンさんもセンターで暮らし始めて約1年後、社長から理由も分からずにひどく怒鳴られ、とうとうがまんの限界に達しました。その日の真夜中にセンターを出て近くの高速バス乗り場まで歩き、名古屋行きのバスに乗りました。

ムンさんは友人3人が住む他社の技能実習生寮に1年近く住ませてもらいました。その間に名古屋の技能実習生支援団体に相談すると、団体代表が外国人技能実習機構(OTIT)や労基署に事案を報告してくれました。

そして、社長が怒鳴っている場面の動画やムンさんが手帳に記していた勤務記録(ベビーシッターやペットショップの勤務時間)などが決め手となり、OTITや労基署がこの会社に立ち入り検査を行いました。

労基署はその後、ペットショップでの勤務などについて残業代不払いを認定し、この会社を労働基準法違反で書類送検しました。また、入管と厚労省はこの会社の技能実習計画の認定を取り消し、この社長が理事長を務める監理団体への許可も取り消しました。

ムンさん自身も支援団体のサポートを受けて他社で技能実習を再開することができました。

怒鳴られることによる精神的打撃

イメージ写真

このケースは、OTITに届けた技能実習内容とまったく違う仕事をさせていた上、その労働に対する残業代も一切支払っていないという極端な事例ですが、「怒鳴る」ということに関しては一般の企業にも教訓になります。

この会社では、さまざまな違法行為や社長の暴言によって複数の実習生がムンさんより先に失踪していました。外国人材を大声でしかっても、「怒鳴られた」という被害感情が強く、良い結果にはなりません。まして、理不尽な理由で怒鳴られたとなれば、彼らの不満は計り知れません。

怒鳴られたときに彼らが口先では謝ったとしても、納得しているわけではありません。外国人材にとって怒鳴られた場合の心理的負担は非常に大きく、失踪や早期離職にもつながります。

まとめ

失踪事例から学ぶ外国人材の離職要因

技能実習生が失踪・流出した計5つの実例を紹介し、原因や対策を考察しました。最後にまとめて振り返ってみましょう。

  • 暴力・暴言はNG。暴力事件が起きたときには厳正な対処を。
  • 怒鳴られるだけでも、大きな心理的負担になる。
  • 外国人材間での情報交換が活発で、給料が相場より大幅に低いと、失踪や早期離職の原因になる。
  • 求人票や面接で説明した給料や職務内容と実際とが違っていると、失踪や早期離職を招きやすい。
  • 日本人と外国人の仕事内容の不平等は避けること。
  • 作業現場の安全管理の不備は外国人材からの大きな不信につながる。
  • 建築現場への移動時間の取り扱いには何らかの配慮が望ましい。
  • 外国人材の職場定着には総合的な「納得」や「満足」が重要。
  • 有給休暇を正当に取得させないと、将来にわたって安定的に外国人材を確保することは難しい。

5件の技能実習・失踪事例を紹介しながら、外国人雇用全体における失踪や早期離職の原因と対策について考えてみました。外国人材の職場定着のための参考にしていただければ幸いです。

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