
日本の賃金安や円安などが原因で日本の求人の人気が下がり、ベトナムで日本への人材募集が難しくなっています。採用面接では、かつてのように求人数(採用予定数)の3倍の応募者を集めてもらえることは少なくなり、2倍がせいぜいで、その中に“さくら”が入ることもしばしばです。さらに、採用面接に出てくる人材の質も低下しています。ベトナム人材の質の低下の背景と受け入れ事業者にできる対策を探ります。
◆このページの内容
送出機関が人材を選べない

ベトナムの良い送出機関はかつて、求人に対する応募者を採用面接に出す前に、応募者の適正や人柄、基礎学力などを試験や面接でチェックしてパスした人材だけを出していました。しかし、日本の求人への応募者が激減したため、十分なチェックをすることができなくなり、応募してきた人材はだれでも面接に送り出すという状況が生まれてしまいました。
その中には、本人は日本で働く意欲がないが、ベトナムでまじめに働かないので、親が「日本で働いてしつけてもらいたい」と願って送り込むケースや、人気上昇の韓国・台湾などの会社の面接に落ちて日本の求人に応募したといようなケースも多く含まれているそうです。
また、以前はタトゥー不可の求人条件がほとんどでしたが、建設など不人気業種の場合、そのような条件を課すと応募者がほとんどいないので、タトゥーを容認するケースも増えています。
日本に行く前の教育の低下

ベトナムの送出機関は、応募者が採用面接に合格してから日本に行くまでの約半年間、毎日、朝から夕方まで日本語等をみっちり教育し、夕食後も自習させるという、濃密な準備を経て送り出していました。
しかし、応募者激減で送出機関が人材を選べなくなったため、そのような教育についていける生徒は減り、授業を受けてもほとんど身に付かない生徒が増えました。
このような中、日本企業の採用面接に合格した生徒たちは日本に行くまでほとんど勉強しないケースや、実家に帰ってのんびり過ごし、日本に行く直前にだけ少し勉強するというようなケースが、以前より増えてしまったとのことです。もともと本人に日本で働く動機や意欲が弱いため、厳しい勉強を強いると内定を辞退してしまう懸念もあるそうです。
送出機関が応募者を選べなくなり、十分な教育もできなくなったので、来日するベトナム人技能実習生の日本語力やパフォーマンス、勤務態度もかつてに比べて平均的に大きく悪化しました。ベトナム人材を長く受け入れてきたいくつかの事業者に取材すると、「ベトナム人材の質が以前と比べて大幅に低下した」という声ばかり聞きます。
応募人材の年齢層上昇

募集に応じる年齢層の上方シフト
ベトナム全体で若い人材の募集が難しくなっています。雇い入れることのできる人材の年齢が上昇しており、今は30歳代、40歳代も当たり前になりました。
20代のベトナム人技能実習生を長年雇用してきた日本の精密機械組立工場で若いベトナム人が集まらなくなり、2020年代に入って2、3年間、受け入れを止めました。送出機関によっては希望の年齢層を集められるケースもあるため、筆者が同社の監理団体に別の送出機関を紹介して20代女性の受け入れをやっと再開することができました。
ただし、飲食料品製造業(弁当工場、惣菜工場など)など人気業種で給料も平均以上の場合は、希望の年齢層や基礎学力を備えた人材も比較的集めやすいそうです。「応募者数は求人の条件次第」という側面が以前より強くなっています。
年齢よりも実際の働きぶり
ただし、30代、40代の人材が20代の人材に劣るかというと、必ずしもそうではありません。
ある大規模の養鶏事業者は子どもを持つ30代の母親を中心に技能実習生を長年雇用しています。過去の雇用の中で、「子どもの学費を貯めたい」など家族のために来日し、強い意思でまじめに働く女性が多かったからだそうです。
「農業や建築など屋外の業務では、同業種での勤務経験がある30代、40代の人材の方が全体的に体力も根気もあり、働きぶりが良い」と話す送出機関経営者もいます。建設などの屋外労働に20代の人材が集まらなくなり、30代・40代を送り込んだところ、多くのケースで平均的な若者よりパフォーマンスがよかったので、今はその年代を中心に屋外業務の人材を紹介しているそうです。
ベトナムから他国にシフトすべき?

ベトナム人労働者は全体的には良質
筆者は2000年代に3年間、新聞社の特派員としてインドネシアに住んだことがあります。そのとき、「東南アジアの中でベトナム人が最も勤勉で、日本の仕事文化への適応も早い」という評判を常々聞いていました。2018年からベトナム人向けの情報発信プロジェクトのために多数の在日ベトナム人と一緒に仕事をし、ベトナム人労働者にも多数取材した結果、確かにベトナム人は平均的に優秀だと感じました。
ベトナム人材に慣れ親しんだ事業者や興味がある事業者はベトナム人材を簡単にあきらめる必要はないように思います。ただし、ベトナムについては、良い人材を獲得できるルートが以前より減っていますので、そのルートをいかにして確保するかが大事です。
他国でも早晩同じ状況に
日本の求人に対するベトナムでの不人気の主な原因は日本の賃金安(ベトナムとの賃金格差の縮小)や円安です。一方で、人材獲得の競争国であるドイツの最低賃金は日本の約2倍、韓国の賃金も日本より高いなど、日本で出稼ぎすることの経済的魅力は相対的に小さくなっています。
このため、日本の求人への人気は、ベトナム以外の国々でも同じことが原因で早晩下がっていくことが懸念されます。
ますます重要になる送出機関選び

送出機関の日本語教育力の低下
日本を主な取引先としてきたベトナムの送出機関では、日本の人気低下によって、日本への技能実習候補者から徴収できる手数料や教育費も値下げせざるを得なくなったうえ、送出数も減ったため、収入が減りました。このため、優秀な日本語教師を手放した送出機関も多く、送出機関の日本語教育力は全体的に下がりました。
日本語教育力については、もともと送出機関ごとに大きな差がありましたが、教育力の高い送出機関が以前より減ってしまったのです。
送出機関の他国シフト
また、ベトナムでは昨今、かつて日本だけに人材を輩出していた送出機関が日本向けだけでは経営を維持できなくなり、欧州や韓国・台湾へも送出先を拡大するという事例が急増しています。
送出機関選び
送出機関の日本語教育力については、採用面接で現地に赴いた際、送出機関の主任教師に会わせてもらい、教師のレベルを確認したり教育方針を聞いたりして確認することができます。
ただし、十分な人材募集力や教育力などを備えた送出機関を自力で見つけるのは難しいことが多いため、日ごろから送出機関のリサーチをしている監理団体に依頼する方法があります。
外国人雇用に関するセミナーに参加したり、経営者仲間から情報を集めたりして、そのような監理団体を見つける努力をしてください。
良い受け入れ実績を積んで「選ばれる企業」に

出稼ぎ先としての日本の経済的魅力は小さくなりましたが、生活環境や治安、高度な医療福祉など生活の場としての魅力は健在で、日本を志す外国人材はまだいます。アニメなど日本の文化を好む外国人も多くいます。また、さまざまな縁でたまたま日本を目指す人もいます。
良い人材ルートを確保してまじめな外国人材を受け入れ、適正に処遇・サポートして職場や地域社会での共生を目指せば、外国人にとって良い職場となっていきます。
将来、日本全体として良い外国人材を受け入れることが今より難しくなっても、早いうちに良い人材ルートを確保してまじめな外国人材を受け入れ、良い受け入れ実績を積んでいくことができれば、自社の評判(口コミ)が高まり、良い外国人材を末長く確保していける可能性が高まります。
まとめ

このページのまとめ
◎ベトナムでは、日本の求人への応募者が激減したため、応募者を選定することが難しくなりました。応募者の中には、本人は日本で働く意欲があまりなく、親が無理に送り込んだ人材や、韓国・台湾などの会社の面接に落ちて日本に応募した人材も多くなりました。
◎送出機関が応募者を選べなくなったため、日本企業の採用面接に合格した応募者たちが日本に行くまでの間にほとんど勉強しないケースが増えました。
◎ベトナム全体では若い人材の募集が難しくなり、日本の求人への応募者の年齢が上がっています。ただし、30代・40代の人材が屋外の業務で良い働きぶりを発揮している事例も多く、必ずしも20代の人材に劣るとは言えません。
◎ベトナム人材は全体的には優秀とされています。ただし、良い人材を獲得できるルートが以前より減っていますので、良い送出機関をいかにして探すかが非常に大事です。